KAL007 謎の逸脱ルート検証


各区間での検証

INS モード・スイッチの切り替えミスの可能性について。

今回のシミュレーションを行う前提として、アンカレッジの出発時 INS モード・スイッチを誤って航空機移動中にアライン位置よりナビゲーション位置にセットしたと仮定しました。
航空機が動く前に必ずナビゲーション・モードにセットする操作の重要性は当然理解しているはずですが、この様なミスを誘発する可能性について述べます。
INS の概要と精度については前述しましたが、時間の経過とともに誤差が拡大するシステムですので(INS 航法のみの路線を航行する区間は最大で12時間を越えないとする運用制限がある)、特に長距離の洋上飛行を行う際は、この INS 誤差を出来るだけ小さくする為にモード・スイッチは出発間際にナビゲーション位置にセットするパイロットは多いと考えます。
この出発間際とは通常出発5分前を指しますが、この時点からパイロットは管制塔に出発許可の申請を行い、管制塔より飛行計画の承認を受ける重要な通信をします、その他操縦室計器の設定など重要な実施項目が沢山ありますので、通常の手順通りに処理が出来ない何らかのケースが発生しますと、思わぬミスを誘発する要因となります。
この INS モード・スイッチ切り替えミスの可能性もあり得ると考えます。

誤差加速度のベクトルについての検証




 

 

加速度センサーの取り込んだ補正値の誤差はアンカレッジでのプッシュバック中に生じたものであると仮定しました、従ってそのベクトルは出発スポットの向きに関係することになります。
アンカレッジでの出発スポット番号は 2N であり、その方向は著書「撃墜」に掲載されている図面より概略を読み取りますと、方向は磁方位で約313度、真方位で約337度となります。
私は誤差加速度の方位を321度としましたので、スポット方向より約16度西向きとなります。
2N スポットのプッシュバックは左回りに押し出す為、機種方位は押し出すに従い真方位で337度より247度へと変位します、一方 INS のモード・スイッチはプッシュバック中に、つまり機首方位にして337度から247度に変化する内の、どこかで ナビゲーション・モード・スイッチを INS モードにしたと仮定していますので、私の設定した321度は、その範囲内となります、つまり321度の値はスポットの方位及びプッシュバック方式との関係より、あり得る数字である事が理解出来ます。

アンカレッジ・ベセル間の検証







 

この区間については著書(撃墜)の中でレーダー航跡を基にして詳しい分析がなされております

この航跡は何を意味するのか又 KE007 のバイロットはどのような意図を持っていたのかを考察します。
T/C ポイントはトラック・チェンジ(INS に設定したウェーポイントをスキップする等、ウェーポイントを変更する事)の意味合いであり、パイロットがINS の精度が確認出来タワーの指示に従い INS ウェーポイントをダイレクトベセルへ変更し飛行を始めた地点として設定しました、この位置はレーダーの航跡上、徐々に北方へ逸脱を始める起点となります。
図-A は著書(撃墜)に載っているレーダーによる航跡であります、この図において ①-② の区間は離陸後タワーの指示により飛行した航跡であり説明を加える必要はありませんが ②-③-④ とそれ以降の区間についての航跡の意図するものを考察する必要があります。
私は 図-B の様に考えました、②-③ 区間の航跡に相当するコースは地上航法施設が NDB(電波標識)局のみである事を考慮すると( 当時 VOR 局は使用出来ない状態であった )設定が困難と思います、従って考えられる内の一つとしては ② の地点にて前方に積乱雲等の為に回避行動をした事も有り得ますがこの様なケースで進路を変更する際は、必ずタワーの許可を必要としますが、この様な状況の交信はありません、私はこの ② の地点がINS 誤差による逸脱コースに乗ったものと考えました、つまりINS の逸脱コースは ①-A ですので、KE007はこのINSコースに乗ったわけで、この操作はバイロットにとって通常な操作といえます、これがJ501 ルートから北5マイルを平行に飛行したレーダー航跡と考えます。
この逸脱コースに乗った後にINS の精度を ADF (電波標識の NDB 局からの電波の方向を探知するもので自動方向探知機と言う)を用いて確認をした結果、ADFの指針が機首方位から約10度がずれていて G-9 ルート上にない事を確認し、INS の精度を懸念したものと思います。
既にこの時点ではタワーより(可能ならベセルヘ直行せよ)との許可が出ていましたが、この ②-③ 区間を KE007 はINSの誤差の程度について考えながら飛行したと推測します。
③ の地点まで3台それぞれのINS データーを調べ、よりG-9 ルートに接近しているデーターを示している INS のルートへ変更し INS の精度を更に検証することを決め飛行したのが ③-④ であり J-501 ルートから北約3マイルの航跡である、この時点での ADF 指針と機首方位との差は約2度~3度となり、ほぼ G-9 ルート上であることを確認したものと推測します。
INS の設定コースつまり J-501 ルート北3マイルのINS コースを ADF 指針をモニターしながら飛行し INS の精度を確認する、当初 ADF 指針と機首方位の差は2度~3度から G-9 ルートと平行する飛行であっても、NDB 局から離れるに従い両者の角度の差は小さくなる為一見して INS の精度が飛行に支障ないと判断されることは考えられる、空港から約70マイルの地点で NDB の指針が横向きとなる、つまりサービス圏外となった時点で、INS 精度が飛行に支障なしと判断したのが④ の地点である。
既にタワーよりベセル直行の許可が出ていた為 INS に現在位置からベセルヘのトラックチェンジをインプットし INS トラックを 空港~カイルン から カイルンをスキップして 現在地点~ベセル へ変更、この地点から約2度程度の角度で正規ルートから北方向に逸脱する飛行が始まる、この航跡はレーダー航跡と同じである。
ここで ICAO が言及しているヘディングモード説について考察するに、私のシナリオでは、INS 航法として考察しましたが、ヘディング角度の設定は飛行時はヘディングモードを使用しない時でも常に機首方位に合わせる操作が基本であることから、ヘディング設定ウィンドウが 246 度であることがヘディングモードの自動操縦での飛行したと結論ずけることは出来ない。
仮にヘッデング・モードが継続されたとしますと、ベセルでの風は、後続の KE015 便が310 度から 20 ノット と報告していることから、KE007 もほぼ同じ風を受けていると考えらます、この風は進行方向に対し右方向からの風となる為、ヘデング・モードですと風に流されて、コースを左側に逸脱するはずであるが、レーダー航跡では右側に逸脱している事実は、 KE007 は INS に誘導されてコースを逸脱したと考える重要な検証となります。
コース変更によりウェーポイント カイルン をスキップし直接ベセルへの飛行、カイルンの北約6マイル逸脱して通過した航跡はシムレーションでも検証出来た、これはレーダー航跡と一致することになる。 この逸脱コースにて飛行しベセルでの誤差距離(正しいベセルと逸脱したベセル間の距離)は DME 13.5 ノーチカルマイルとなり、北方へのずれは INS 11.8 ノーチカルマイルとなりました。
この北へのずれ12ノーチカルマイルは、レーダー航跡と一致します。
逸脱コースであるベセルでの風は KE007 の報告では295度より25ノットと報告していますが、計算結果は 309度より 18.6ノットとなりました。
約12分後にベセルに到達した KE015 便は 310 度より 20 ノットと報告していますので、計算結果の値は KE015 便の値に近くなっています。

ベセルでの位置確認について






INS(慣性航法装置)にて誘導する航法は、INSの精度に依存していますのでパイロットはINSの誘導精度が確実である事をチェックしています。
ウェーポイントであるベセルには地上航法支援無線標識であるVOR(超短波全方向式無線標識)とDME(距離測定装置)が有る為確かな位置確認をする事が可能です、このウェーポイントのベセルと VOR/DME は同じ位置に有りますので、INS誘導の航空機が この VOR/DME 無線標識の上空を通過することを確認できれば、INS誘導は正しいと判断できます。
KE007 はベセル通過後は洋上飛行となり、地上航法支援施設による確かな位置確認が出来ない為、このベセルでの位置確認は大変重要であり、KE007 のパイロットも当然確認したと考えられます。
操縦室のVOR指示器はVOR局の有る方位を指示します、又DME指示器はDME局からの距離を指示しますのでパイロットはVOR/DME 局から、どの方位でどのくらい離れているかが確認できる事になります。
KE007 の場合ベセルでの飛行高度は 31000 フィート、DME 局の標高が 130 フィートですので、たとえ無線局の上空を飛行したとしても DME 指示器は 5.1 ノーチカルマイル位を指示します、では逸脱コースのベセルでの指示はどうなるでしょうか。
シムレーションではベセルの逸脱は INS データーは 11.8 ノーチカルマイル、DME は 13.5 ノーチカルマイルとなりレーダー航跡の約 12 ノーチカルマイルと一致しました。
DME 13.5 の指示は飛行高度 31000 フィートによる DME 指示 5.1 を考慮すると大きな逸脱距離ではなく INS 精度はベセル以降の洋上飛行に使用可能と判断したことになります。
さてINSには当然許容誤差があり、その目安は 3+3*時間ノーチカルマイルですので ベセルまでの飛行時間をほぼ1時間として、最大6ノーチカルマイルが最大の許容値となります。
実際には 11.8 ノーチカルマイル逸脱していたのですがKE007 は DME 13.5 の指示から飛行高度の 5.1ノーチカルマイル を引いて VOR/DME 局からの逸脱を 8.4 ノーチカルマイルと判断したのでしょうか?
もしも、このベセルでの位置確認で DME 指示が 30マイル、40マイル等の指示で大きく逸脱している事が確認できていればベセル以降の洋上飛行を断念し、アンカレッジに戻る決断をしたことは容易に想像できます。
いずれにしましても、DME 13.5 ノーチカルマイルの指示は、飛行継続か、又はアンカレッジへ引き返すかの判断をするうえで微妙な数字であったと想像します。


以上が計算結果をもとに考察した航跡となりますが、これは民間航空機はタワーからのレーダー誘導により進路を指示された時又は進路を妨害する緊急やむを得ない状況以外は必すコースを設定しておき、そのコース上を飛行するという事です、従いましてKE007 のレーダー航跡も何等かの設定されたコース上にあったと考えるべきであり、KAL007 は 設定した INS 航法を地上無線航法施設にて精度を確認しつつ逸脱コースを飛行した事になります。